2008年05月23日

「ありがとう」

続きの記事を。

当たり前にそこにあると

有り難味がわからなくなってしまう、

という話ですが。

両親なんかがそうなんじゃないかと思います。

当たり前にそこにいるものだと思っているから

無意味に反抗してしまったり、無碍に扱ったり、

感謝の言葉も言わず、当然の様に思ってしまう。

友達とか、恋人でも同じなんじゃないかな。

好きで付き合った筈なのに不満が溜まってくるのは

一緒にいる事が当たり前になってしまっているから

「彼氏・彼女」という肩書に胡坐をかいてしまっているから

それだけではないと思うけど、

でもそれも理由の一つではあるんじゃないかな。

誰かを好きになれるっていうのは、

本当は凄く奇跡の様な事なんじゃないかと思います。

その人と付き合えたらもっと奇跡の様な事ですよ。

これだけの広い世界で好きになれる人と出会える確率は?

その人も自分を好いてくれて、付き合う確率は?

そう考えたら色々な事が嬉しく思える様な気がします。

自分には家族がいて、友達がいて、好きな人がいて、

家があって、仕事があって、時間があって、

平和な国で平和に暮らせて。

色々な事に感謝していけたらなァ、と思います。

色々な人に素敵だな、と思われる人間でいたいと思うから。

“当たり前”は初めから“当たり前”なのではなくて、

誰かが努力してくれたからこその“当たり前”なんじゃないかな。

「ありがとう」と素直に言えるといいですよね。


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